※重複の場合、ご容赦ください。(BCCメール)

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           ..:* 20160330号 *:..

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その内容が濃く、含蓄が深いこともあり、ビデオ断片とレジメ
というかたちで分かち合ってきました【2015.11.16 日本福音
主義神学会・東部部会研究会議・神学講演:「義認と審判」に関す
る一考察】の紹介、下記の掲載をもって終わります。
 あと、質疑応答部分がありますが、関心のある方はDVD講演
録(レジメ付き)送料込みで2000円をお買い求めください。

※なお、ICIストリーミング・ビデオ・ワールドに登録されている
ICI
サポーター会員の方は、すべてのビデオ講義・講演等を自由に
視聴できます。

今年は、エリクソン著『キリスト教神学』の要約版である
Millard J. Erickson,
Introducing Christian Doctrine”の
翻訳・編集を終わり、最後の推敲に時間をとっております。

これにあわせて、YouTubeFaceBookを通して36年間
の神学校での講義ビデオ一部紹介をしつつ、ICIストリーミング・
ビデオ・ワールドにすべてのビデオ講義を掲載していく予定です。

Millard J. Erickson, Introducing Christian Doctrine”邦訳
版の早期刊行のために、お祈りください。それが終われば、再び
ラッドの著作集15冊の翻訳に取り組みたいと願っています。
日本の福音派系キリスト教会が、ラッドやエリクソンにみられる
「新約の使徒たちが示した福音理解」のセンターラインを歩み
続けることができるよう、微力を尽くしていきたいと願っています。

お祈りください。

 

ICI落穂抄-20160330】「義認と審判」に関する一考察: Video-2020_終末論的パースペクティブへ」と落穂20
https://youtu.be/Ub8dpuYWd_g

3.「展開」としてのローマ8:4の解釈
聖霊論のカテゴリー
3.
まとめ
(1).
律法の成就
1.
ローマ8:4aが「御霊によって能力を与えられた新しいクリスチャンの従順」の脈絡において、律法の正しい要求をまっとうとしていると
及しているのだと主張してきた。
(2).
クリスチャンの従順の”Already, not-yet tension
1.
ただこの従順はいまだ完全なものではない。しかしそれは復活の時点におけるわたしの完全な解放とまったき従順の開始」( Crainfield, Romans 1.378)である。
2.
したがって、プロテスタントの伝統は、この箇所の読み
は不正確なままであるが、律法による完全な従順を正しく強調している。
3.
彼らはまた、パウロが「罪に定められることはない」という判決をキリストの贖罪死に根差しているものとして正しく
ている。
4.
キリスト教の解釈者は常に聖書に
ち返り、「それらの事柄がはたしてそのように語られているのかどうか確認しなければならない。」
5.
しかし私たちが気づかされることは、私たちの先祖にあたる
々が聖書を注意深く読み取る々であったこと、多くの事例において、私たちが今同じようにして携わっている神学ーその神学について深い理解をしてきたことをしばしば発するのである。
6.
義認の「基盤」は、キリスト論的に、絶対的な視点で考慮されるべきあるのであり、義認の「実」は聖霊論的に相対的な視点で捉えられる必要があるのである。「クリスチャンの従順」という聖霊論的、相対的な要素を「義認」に編
し、「未来の義認」に期待することは、卑俗な例をあげれば、中高層の建物なのに、強固な岩盤に届いていない杭が何本があるような状態に陥るのではないのだろうか。

. 講演全体のまとめ
1.
わたしたちは、パースペクティブを広く確保し、NPP等を含む
場の異なる々からの問題提起にも配りし、その中に提されている「真理契機」を認識し、らの神学の中にそれらを正しく位置づけ、真の神学的解決をすことによって、らの神学の成熟に役てる視点を探し求め、それをどのようにかすか取り組んできた。
2.
部で「状況」を把握する視点として「つの視点」に注し、第部では「キリスト論的視点」、第三部では「聖霊論的視点」に注し、そのつの視点・概念・構造の関係のあり及してきた。
3.
それは、わたしたちが、
らの”信念体系”を確認しつつ、それらを層掘り下げるという標を達成するためである。
4.
それらの結論として「義認と審判」に関する議論は、キリスト論的規定に根差した聖霊論ー終末論的パースペクティブの視点から考え抜く必要があるということである。
5.
私たちの「神の法廷」には、わたしたちの罪に対する代償的刑罰を受けられたキリスト、わたしたちを罪と死のからだから解放するために、わたしたちと共に死に、葬られ、よみがえられたキリストが
っておられる。このおはまた神の右の座に着き、わたしのためにとりなしてくださっている。そして、わたしたちのうちに御霊を内住させ、いいようもない深いうめきによって、神のみこころに従って、律法の目標である御手のかたちと同じ姿に変えようとしてとりなしてくださっている。

※レジメ(印刷不可設定・閲覧用)http://www.aguro.jp/d/ici/20151116_jets-e_the_justification_and_the_Judgement_outline.pdf

 

                安黒務

 

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